本のレビュー5【限界の正体】為末大著

著者はスプリント種目の世界大会で日本人として初のメダルを獲得した選手。現在は経営者もしながらスポーツと社会、教育、研究に関する活動を幅広くやられているという。現役は2012年に引退されているが、トップクラスのアスリートが自身の経験を著書や講演で話してくださるのは大変ありがたいことだと思う。

『限界を決めているのは、自分。』努力を重ねても望む結果を得られない経験が続くと人は何をしても無駄だと思うようになり努力をしなくなる。これは学習性無力感といいアメリカの心理学者マーティンセリグマンが示した理論といわれている。これは多くの人が頭ではわかっていることだと思う。しかしながらやはり難しい課題ではある。僕は日本全体がこういう空気になっていると思う。失われた30年が続いてこれからもあまり日本はいい方向に行きそうな雰囲気はない。なので人々は挑戦する努力をあきらめてしまっている。僕としては株式市場がそろそろそれを打ち破って人々か豊かになる方向に努力していこうと行ける日本がもう少しで来るのではないかと思うので日本への投資を続けるつもりである。キャリアなどを積むときに安定したところを望むより成長できる環境が整っている場所で努力をしたほうが良いと考えている。そちらの方が自然に努力しやすいからだ。日本でもそういう環境はたくさんあるはずだ。

為末氏が書かれていたカマス理論というのも面白くてわかりやすかった。カマスも水槽に入れられて小魚が別の水槽に入れられていると食べようとしても食べられない。いつの間にか食べようとしなくなる。そして同じ水槽に入れられても食べられなくなる。また食べられるようになるためには他のカマスが食べているところを見せればよい。なるほど。とにかく自分ができることを決めているのは自分ということ。魚ですら自分が餌を食べられない状況を作られるといつの間にかあきらめてしまう。またスポーツの記録では誰かが初めて大台を超えると多くの人が超えられるようになるという。いつの間にか誰にも達成できないという意識の限界を超えられるということか。他にも野球では野茂選手がメジャーリーグに挑戦してから道しるべを作り多くの日本人選手がメジャーを目指すようになったこともそう。自分の能力を決めているのが実は思い込みなんじゃないかといつも脳の片隅に置いておくことは大事だと教えられた。僕の場合はアメリカにポスドクで行ったことが大きく人生を変えたと考えているが、僕の場合は完全にラッキーで行けたのだから自分で努力して海外に出ていったというわけではない。もちろん英語の勉強だったり人間関係だったり努力をしたが、それにより海外どこにでも挑戦できるっていうマインドになったのは一番大きな収穫かもしれない。自分でも海外で活躍できた?(本当かどうかはわからない)って勘違いできたこと自体が大きいということ。一方で、アメリカにはとてつもなく優秀な奴がたくさんいるってことが知れたことで努力にたいする考え方が変わった。だから日本人の人で海外に出たことがない人が挑戦を恐れているのをみて気持ちがわかるし実際は大きなステップではなくてちょっと出てみるだけで変わるんだけどなと思う。多くの人は自分の限界のもっと手前を自分の限界ととらえているという話だった。

あとは自分の限界を教えてくれる存在としてのコーチと取るということを本書に書いてあったがそれについてなるほどと思った。私は自分よりすごいと思う研究者と実験や研究をしていこうまたメンターなどはお願いできるときにはお願いしようと思った。いつの間にか自分が行ける限界を決めていしまってその範囲で努力しているかもしれないってことを忘れないようにしないといけない。

そうなると自分の限界はなにか?っていことになることになるが。それに対してその折を超えるのは『積み重ね』と『変化』であるという。積み重ねは得意なほうであるが為末氏が言っている限界を自分で決めているっていうことは本当に僕にとって重しになっていると思う。毎日教科書を読んでいるがこれくらいの理解で良いって自分が勝手に決めていしまっていると思う。もっと集中して強い強度で教科書を読んだりできるし、それを同僚と議論したりできるのにいつの間にか毎日読むことがゴールになってしまっていたりする。これに対して変化を与えて質をあげたりしたいなと考えるようになった。例えばブログに書いたり、同僚と議論したり、プレゼンしたり、また実際に実験を思いついてプロポーザルにまとめたり、何かアウトプットしたりしてこの積み重ねの質を上げていこうと思う。

『基本動作では適わなくても、いくつかの技術的な要素を組み合わせていけば、総合力で上回って勝つことができる。』という言葉もかなり私の心に刺さった。私自身頭の切れるほうではない。研究者として自分より頭がいいひとはたくさんいるし、計算力がある人、文章をたくさん読める人、行動力がある人がたくさんいる。でもそれぞれでは勝てなくても自分の武器を中心にたくさん成果を出せる人になるには総合力が必要だと考えてきた。それは同僚に助けを借りたり、きちんと自分に適した戦略を考えたり、それは自分自身では大切にしてきたがそれをもう一度思い起こさせてくれた。『人並だったからこそ新しいスタイルにたどり着いた』と書かれているところもあり自分自身をよく知り自分に適した戦略で総合力を鍛えていきたいとさらに考えるようになった。

『限界を作り出す要因。憧れ、成功体験、モチベーション、周囲のアドバイス、事前情報、わかったつもり、地位、名誉、嫉妬心。』これはひとつひとつ参考になった。

『成功体験があだになる。』というのは私がGarry Kasparov氏のHow Life Imitates Chessとう本を元にいつも意識していたことである。チェスの分野とスポーツの分野に違いはあれ同じような意識があるのだと思った。

『量を積むことよりも考えることの方が重要』という言葉も深かった。私自身これは同僚を見ていて感じてることがある。働き者でたくさん実験をしてたくさん経験がありたくさん知見があり知識もあるのに実はそれより大きな視点で研究者として物理学においてどういった貢献がしたいかの視点がない人がいたりする。そういう人になんでそんな研究をするのっていうことを聞いても楽しいからっていうこと以外なかったりする。それはそれでいいのだが大きな流れを意識しないと小さな問題をたくさん解いただけになってしまうことが多々あり、本当に重要で大きな問題を解決できなかったりする。もちろん楽しいことが研究において一番重要であるのは間違いない。

『想定外が起きそうな環境に身を置いてみる。自分がいったことのないコミュニティやスケジュールを決めずに旅行に行くなど。』無茶ぶりは引き受けてみるとう姿勢は大事。興味がないこともとりあえずやってみる。というのはやはり年齢があがっていると変化をすることを恐れてしまっている自分がいるがちいさなところから毎日違うことをしてみたりするだけで大きく変わると聞くからとにかく小さな変化を意識的に起こしていこうと思う。

アスリートとしてのコメントしてとても勉強になったのは体も頭も心も大部分は自分ではコントロールできないとあると感じているという為末氏の文章。アメリカの神経生理学者ベンジャミン・リベットの『マインド・タイム 脳と意識の時間』を元に感情が行動を決めているのではなく、行動が感情を決めているということを言っていること。個人的には若いころからこれを意識しているのでさらに同じ意見が聞けて良かったと思っている。気分がのらない日でもとにかくはじめては見ることが大事だと思っている。

後はゾーン状態に入り没頭する力について書いてあったこととは大変勉強になった。

また目的達成の意志については三段階の強さがあるということ。一段階目はそうなってほしい、二段階目はそうしてみせる、三段階目はそうなることが決まっている。となっている。わかりやすく説明してあり自分自身も考えが明瞭になった。私の人生で最も重要なことは論文を自信をもって書き続けることができることだが、これについてはそうなってほしいからそうしてみせるの間位の段階だと思う。少なくとも今の段階ではそうして見せるってところまでもっていくと決心した。少なくとも言葉遣いは変えていこうと思う。そして最終目標は論文は自然と完成していくものであるという意識を持てるまで自分を高めていくことが大事。ひとつひとつレベルを上げていこう。少なくとも目の前の論文を絶対完成させるっていう意志を保ち自分を鼓舞していこうと思う。