本のレビュー6【勝ち続ける意志力】梅原大吾著

私はゲームをあまりやってこなかったのでゲーマーとしての梅原氏の凄さを存じ上げなかったのだが、この本のタイトルに惹かれてこの本を取った。また数年前もになるが友人たちが読書会をしていて盛り上がっていたのを記憶していて、出遅れていたがいつか読んでみたい本であるとも思っていた。ゲームといえば自分自身はチェスの史上最強の世界王者Garry KasparovのHow Life Imitates Chessという本が好きで何度も読んできた。世界一のゲーマーから学ぶことが多いのではないかとも思っていた。本書では特に勝つことではなくて勝ち続ける意志力としたところに興味があった。

『勝つことに執着している人間は勝ち続けることができない。』

Garry氏の本からの学びも合わせて彼のこの文章で言わんとすることを自分なりに咀嚼して考えてみた。前後の文章を読んでみてもおそらく彼が言っているのは戦略と戦術の違いなのだろうと思う。もしくは目的と目標の違い。勝つのは目標かもしれないが、目的は負けるときもあるが勝ち続けるよう努力し続けることで得られる自分の成長かもしれない。僕が思ったのは勝つことに執着している人は戦術にとらわれていて、勝ち続ける人には戦略があると私は考えている。おそらくこれは梅原氏が世界一でありそのポジションを守り続けたからこそそういう考えになったと思う。これはGarry氏も同じ境遇だと私は考える。我々が勝つことを目指すとき例えば世界一を目指すときには世界一の人々を倒すことを考える。したがって我々に必要なことは相手を分析し、自分を分析し、自分の戦術を立てる。相手に対する勝ち筋を見つけてそれを訓練して相手を倒そうとする。一方で世界一の立場は違う。世界一の場合は世界中から挑戦者がいるわけでそれぞれの戦術に対応する形で相手を分析する時間はない。したがって総合力を鍛えてどの方向に対しても対応できるような戦略的に能力を鍛えると考える。常々思っているのは戦略と戦術をきちんと分けて考えている人は少ない。僕の考えでは市場が大きく変わらない、今の世界経済の様に緩やかに大きくなっている市場では戦略を取るべきなのは市場で世界一を取っている企業や国だけである、同じゲームで小さな企業が戦略なんか立てても大きな企業のリソースには勝てない。戦略とはいわば正攻法で勝つということ。小さな企業に必要なのは戦術である。戦略ではない。例えば今の日本に必要なのは戦略ではない戦術である。実際はまだ世界第三位のGDPを世界の中では大きな国の一つなので戦略のことも意識しながらでも今はより良い戦術に集中してまずは勝っていかないといけないと考えている。

『勝ち続ける人、負ける人』『99.9%の人間は勝ち続けることができない』

私が好きなのは彼の勝ち続ける意志力である。なぜならある程度勝つと人は満足してしまうからだ。私の場合は研究であるがPhDを取るような20代のころには自分がどれだけ行けるか?成長できるか?だけを考えて一生懸命自分なりに研究をしてきて誰にも負けたくないって思っていた気がする。一方で30代になりキャリアが安定してくるさらにお金も安定して入ってくるようになると勝ち続ける意志、挑戦し続ける意志っていうのが試される。自然と成長し続ける意志出てくるっていうのは大抵の人には難しいのかもしれない。家族ができる人もいて優先順位が下がる人もいるだろうし、お金には余裕が出てきてハングリー精神などはなくなって来たりするかもしれない。例えば英語も話せない時は一生懸命勉強していた今では英語で困ることなんてほとんどなくなってしまった。そのような状態でも努力をし続けるというのは難しい。特に収入があがるわけでもなく褒められるわけでもない。勝ち続けるっていことに対してなかなか努力し続けることができないのではないだろうか?僕も甘くなってきたからこそ30代後半になって危機感が出てきた。成果を挙げることは挙げ続けることはまた違う努力がいるということだろうか?逆に梅原氏自身にもそのような問題意識があるからこそこういったタイトルの本になったのかもしれないと考えた。

『当たり前のことをやり続けた人間が、今回に限って勝てたということを忘れてはいけない』

この感覚も素晴らしいと思った。勝つために努力し続けても時には負けるときもあるしそれが明らかに運の時もある。運は引き寄せるものではあるが、勝ったときに運があったと自分自身で意識して慢心しないことが肝要だと思う。ゲームの場合は何度も挑戦できるし失敗してもまた次がある。最近は私の実験に対してもそう思うようになってきた。私の場合はテニュアを取れているし失敗し続けることはよくないが成功も増えてきたので可能性がある研究は是非是非挑戦して少なくとも学べるものがあれば次につなげられる自信がある。そしてその過程の中で新しいアイデアは常に生み出せる自信ができてきた。研究にとっての当たり前のこととは過去の研究はよく調べたうえで実験は正しく行い正しく記録し、解析は正しく行いファクトを集める。それが成果になるか?実験が成功するか?さらに言えば人々に受け入れられるか?必要な発見になるか?などそこらへんは運にも強く関係する。我々科学者はわからないことを調べているのだから当たり前のことはしながら新しい発見が出てくることを願ってまた次のプロジェクトにつなげていく。それの繰り返しである。当たり前のことを続けていこう。

『自分の実力をあげるためには、まずもって目の前の勝負に全力を注ぐ必要がある』

これは私の研究にも通じるところがある。研究は大体短いもので3年で普通に良い研究をすればなんだかんだで10年位は掛かってしまう。それは僕の未熟さのせいでもあるが。その過程でやはり飽きてきて次のプロジェクトのアイデアが出てきてどんどんそちらに注意が向いてしまうことが多々ある。でも重要なことはきちんと論文にまとめて細かいところまできちんと詰めて終わらせないと成果として残らない。論文として共著者やレフェリーやエディターを納得させて論文として出版してしまうまでの過程をしっかり経ないと終わらない。ここはExecutionという言葉が一番近いと思うが文字通り仕留めるというところ。しかし細かいところまで詰めて詰めて終わらせるのは本当に骨が折れる仕事である。科学者は新しいアイデアを出して研究を始めるところが一番楽しくて、最後のExecutionはかなり精神的にも辛い。かなり研究に時間と労力を費やしてもものすごい批判を受けたり英語の細かいところで間違えを見つけられたり、これまでの研究結果との整合性を確かめたり、論文の中でも論理を検証し自分が納得した形でストーリを完成させたり。この最後の詰める作業を逃げずにやることで本当に自分自身で論文をきちんとまとめて終わらせたという感覚を得られる。実力をあげるにはこの目の前の結果としてある事実を証明するとう勝負に全力を注ぐ必要がある。

『努力を続けている人は誰かの目なんか気にしていないと言える。周りを気にすることなく、自分の世界に没頭できている』

確かに。この領域に達するにはしばらくかかってしまった。やっと自分の専門では自信をもって自分がトップランナーであるという自覚が出てきた。あまり周りがどう思うかということは気にしなくなり自分の中でコンシステントで物理学に必要なイノベーションを起こしていれば誰にも迷惑をかけていないし自分の研究に没頭できる。

『介護の仕事を始める』『施設内の年齢を重ねた人ができることは本当に限られていた』

梅原氏が凄いのは介護の仕事をやっているところ。かなりのキャリアチェンジである。ただその後またゲームの世界に戻ってきているが、この介護の仕事で得た経験というのはかなり影響を与えているように感じた。私自身はこのようなキャリアチェンジができる自信は全くない。彼のやったことはすごい。高齢者の方々と触れ合うことにより自分がしたいことは若い健康な時にやっておかないといけないと学んだのだと思われる。

『目的と目標の違い』

大会は一つの目標であり、目的は自身の成長という梅原氏の話。形は違えどもこれも意識してきたところ。私の目標は論文を公表することで目的は知識を生み出すことである。いずれは私自身が実行するだけではなくて知識を生み出すシステムや組織などを作り出すことも広義には入ってくる。これからも目的のために目標という的を狙い続ける。目的のために目標を狙い始めたは何かが狂い始めているサインである。

『自然体で勝負に挑む』『絶対に負けられない思っているプレーヤーは大体土壇場で委縮してしまう。一方で日々の練習に60の喜びを見出していると負けても毎日が楽しいから大丈夫だと、気を楽にして自然体で勝負に望むことができる』

彼とは少し状況は違うは僕の場合はこれを実験の場数と考えることができた。私の研究には原子炉や加速器を使う。したがってビームタイムと呼ばれる実験時間は研究者に割与えられた中でこなすことが要求され非常にストレスフルであり、効率よく確実に実験をするようにトレーニングされてきた。最近になってやっとたくさん時間を獲得する政治力も含めた実力がついてきたことにより良い多くのさらにより難しい実験に挑戦できるようになった。出てくるアイデアも増えてとにかくたくさん量をやり学びながら新たな実験をしていけるようになる余裕が出てきた。自然体で勝負に挑むとは私の場合は必要な準備はしながら過剰な期待をせずにたくさんのアイデアをもとにしっかりと実験するということにに対応する。フラットな精神でどんな凄いアイデアでも時々当たればいいと思えるようになった。科学やイノベーションはそんなもので計画されたものから大きな成果が出るというのはまれなのだから。

『今が一番強い』『最高傑作は次回作』

このことは私自身思えているかもしれない。だんだん研究が楽しくなってきた僕が最近考えているのはこれかもしれない。論文は短いものから2-3年で長いものではまだ終わっていないから10年とか最低でもかかる。一本の論文を終わらせると新しいアイデアが出てきてそれを突き詰めていく。少しづつ良いサイエンスを計画的にできるようになってきたと感じてきていて次こそインパクトのある仕事をと次の論文こそこれまでのすべてをぶつけるというような研究をしていこう。そしたらその次もさらに良いものになる気がする。

『一番の人間は逃げてはいけない』『結果に満足してはいけない』

ここでもGarry Kasparovの話を思い出してしまう。Garryも21歳にチャンピオンに初めてなった日に対戦相手の妻だった方から『これで栄光の日々は終わりよ』とその後の祝賀パーティで言われたという。一番になった人と一番になり続ける人は違う。成功したらその成功からの過信が自分をむしばんでいくと言っていた。その過信から大きな失敗をし学んだ後は勝ったときほどそれ以上の努力をすると。いつの間にか慢心してしまうのは梅原氏やGarryなど世界チャンピオンが意識していることなのだとよく学んだ。私も小さいところで一番を目指していこうと最近決めたが本当に大事なのは一番になってからだそこでもイノベーションを先頭に立って誰よりも高いレベルで速いスピードさらに多く達成できるように常に集中して研究を行っていきたい。

ここまで書いてきたが、彼のアグレッシブな精神性に惹かれたという人も多いと思う。これからもいろいろな舞台で活躍されていくだろうと思うが、この本に書かれていることから学んで少しでも自分自身成長していきたい。私はゲームという分野ではないが科学者という視点からでもたくさん学べることがあったこれからも今の一回の勝利(論文の公表)だけではなく飽きなく楽しんで論文を書き続けるということを目指して頑張っていきたいと思う。