著書は大学・大学院卒業後バンカーとして働きながら経済と金融の読書会などを多数行ってきた方である。現在はコンサルタント会社でCFOをしながら今年には財務コンサルティング会社を創業された方で『理論と実務の架け橋』を人生のコンセプトとして活動されている。 前半のまとめは前のブログ(https://www.shinichiroyano.com/2021/12/28/本のレビュー7①【決算書ナゾトキトレーニング】/)に書いたので今回は続きである。
第五章では『決算書』の読み方はプロでも差が出るということについて書いてある。
企業の情報はIR(Investor Relation)の三つの一次情報から得ることの大切さを説く。その三つは有価証券報告書、決算短信、決算説明資料。さらにこの三つに加えて非財務情報例えばESGに対する活動などは統合報告書を見るとよい。
有価証券報告書 | 公認会計士が監査したものでもっとも信頼性がある |
決算短信 | 監査が法律上は求められていないが、速報性に優れている |
決算説明資料 | 決算の情報がわかりやすくまとめれているダイジェスト版 |
統合報告書 | 企業に関する非財務情報が書かれている |
著者が主張しているのは読み解く視点を増やすということ。例えば銀行が融資するときに判断するときと、株主が株式投資するとき決算書の見方は違う。融資する側から見るのは企業の安定性。デットを見る。ここではB/Sの観点では自己資本比率や流動性比率、P/Lの観点からは黒字かどうかが大切。株式投資の視点からはエクイティを見る。グロース株とバリュー株ではまた見方が違う。グロース株ならば長期的な成長率をPERやPSRで見たり、バリュー株だと同業の他社などと比べてPBRやPERがどうなっているかどうかを見る。融資側と投資側は利益が相反するときがあることを留意しておくべき。最後にアセットの視点も重要である。
僕個人的にはグロース株にバリュー株両方投資をするが意識的に分けてはいてもあまりそれぞれの立場で企業をチェックするということを怠ってしまうことがある。これはただのめんどくさがりなのだが、どの株に投資しているときにでもいろんな方向で会社を見てみて問うことは大事だとこの章を読んで思った。
著者が示すように三つの視点(負債、純資産、資産それぞれの利害関係)というものを教えてもらうことでこの三つの視点でとりあえず見てみようと重要な視点をもらったと思う。会計の本を読んでもそれぞれの方法をたくさん教えている(ように受け取ってしまう)だけで正直何から始めたらいいかわからない人がほとんどだと思う。とりあえずこの三つの視点からみてみる、それにはどの指標を見ようかと考えるだけでかなり展望が開けると思う。
第六章では『エーザイ』を題材にESG経営について、
ここまでくると最近話題のESG経営などについてはどのように決算書で情報をとり判断すればいいかクリアになってくる。ESG投資は世界の潮流になっていて、私個人的にはESG投資に対してかなり懐疑的なところがあるが、まあお金の流れ的にはもうそうなっていて抗いようもない。ここでもポイントは先の章を通してわかったように非財務情報をどこで手に入れるか?がわかってきたと思う。
著者は2006年当時の国連事務総長だったコフィ―・アナン氏が機関投資家に対して責任投資原則(PRI)について説明している。
エーザイは売上高は日本の製薬会社の中でも6位に甘んじているいるが、PBRで見ると2位に躍り出る。これは会計的な財務情報だけでなく、非財務情報を市場や投資家が評価していることになる。
ファイナンスで考えると企業の価値は究極的には2つの要素から構成されると著者は説く。それは『将来生み出すと予測されるキャッシュフロー』と『割引率』。
企業価値= 『将来生み出すと予測されるキャッシュフロー』÷『割引率』
事業におけるリスクが小さい企業ほど割引率が低く、リスクが大きい企業は割引率が高い。ESGの課題に向き合うことで、長期的なリスクを軽減できる。さらにエーザイが凄いのはパーパスという自社の存在意義まで意識して環境、社会、ガバナンス(ESG)経営してきたこと。こういった非財務情報を数値化して考えることは難しいことと考えられるが、エーザイはROESG(ROE+ESG)モデルを使っているという。
またエーザイは非財務情報を以下の5つに分解して考えている。
知的資本 | 知的財産権や暗黙知を含む知識ベースの無形資産 |
人的資本 | 従業員の能力、経験、意欲など |
製造資本 | 製品・サービスを作り出す力 |
社会・関係資本 | 社内外の人的ネットワーク |
自然資本 | 製品・サービスを提供するうえで利用できるあらゆる環境的リソース |
なるほどかなり難しい非財務情報もクリアにはなってきた。おそらく決算書を読みながらこの会社は何を大切にしているか読みながらナゾトキをしていく必要があるのだなと思う。
そのあと著者は重回帰分析を説明しているが、ここはあえて説明は外そうと思う。科学者の私からしてはこの重回帰分析はなんというか少しあまり心地が良くない。とはいえ著者の説明に何ら問題があるわけでも反対があるわけでもない。ここでは逆に一物理学者の観点からしてコメントしておこうかなと思う。
このように重回帰分析などをして会社や組織が重要なパラメータを抽出してたとえばKPI(重要業績評価指標)などと名前を付けてそのKPIを改善することを目標とするようになる。このことは全くもって悪いことではない。私にもこのKPIという言葉を私のような科学者にも求めるようになってきた偉い人々がいて、KPIをなんとかしろみたいなことを言うようになってきて戸惑うということは多くなってきた。面白いことにKPIを設定する人とはほとんど会話もしたことないし、また彼らを現場にみたこともないのにある日突然KPIが上から降ってくるということ。そしてデータドリブンなどといってくる。愚痴になってきたが。
ここで愚痴はやめて、科学者からのコメントを入れるとすれば目的と目標をしっかり意識しておくことをお勧めしたい。もともと(重々説明しておくがエーザイに対して何かを言っているわけではない)目的があってその目標としてみるべき指標が出てくるものだとおもう。しかしながら人は容易にそれを忘れてしまって目的と目標の入れ替えが起こってしまうように見える。そして目的のために目標があり、目標達成をモニターするためにデータを取り始めるのだが、えてして取るデータは得られやすいものにしてしまうということ。そしてそれにとらわれて目的を失ってしまう組織や個人になってしまうと意味がない。すこし抽象的なってきてわかりづらかったと思うが、例えば教育を考えるときには子供の学力の向上を目的として目標とするパラメータを導入する。しかし学力を評価するのは難しいため、簡単に計りやすいテストの点数などにしてデータを取り始めて、そして解析していくうちに、いつの間にかテストの点数があがる方法を考えるようになってしまうということ。たとえば科学者の場合は論文やその引用数が評価されるようになって科学者自体が科学の重要性や面白さなしにたくさんの論文を書いたり引用されやすいテーマを選んだりする。ビジネスも似たような側面があると思う、カンパニーは会社の意味だが仲間の意味もあると思う。何か人に役に立つことだったり、問題を解決するために、まあお金を稼ぐためにっていう人もいるかもしれないが、仲間を集めて作った組織がいつの間にかお金や利益や地位だったりというわかりやすい評価に惑わされて粉飾決算まで起こしてしまうことは滑稽にも思えてくる。科学者や科学者を管理する人々にも、信じられないかもしれないが、論文の数や引用数などでマウントを取ってくる人がいるのだが、果たして世の中はよくなっていくのだろうか。
なので私個人としてはこういった KPI や重回帰分析などをして会社や組織が重要なパラメータを抽出してたとえばKPI(重要業績評価指標)などの単語を真面目に発して社員をコントロールしてくるような人間や組織の言っていることは話半分で聞いておこうという心の余裕を持っていくことをお勧めする。 ある日突然上司がなにか重要そうなパラメータを連呼しだし、何が何でも達成しろなどと言い出したら、とりあえずスタバでも行こう。
第七章では『電通』を題材に企業の値段というものを考える。
会社の値段には4つの種類があると説明している
値段 | 意味 | 算定方法 |
簿価 | 過去の企業活動の積み上げ | 決算書 |
時価 | 上の簿価を現在価値で再評価 | ファイナンシャルアドバイザーが算出 |
買取価格 | 買収者の評価 | 評価額×株式数 |
時価総額 | 上場企業の場合、市場が評価した値段 | 一株あたりの時価×株式数 |
ここで4つの値段を説明したあと無形の資産『のれん』の説明をしている。『のれん』は企業が買収した先の純資産の時価を計算したうえで、その時価をこえる価格で企業を買収したとき、その差額を『のれん』として自社のB/Sに計上する。『のれん』はブランド力などといった無形資産。電通の巨額損失は『のれん』の減損である様子が本書で細かく説明されている。つまり電通がこれまでに買収してきた企業の価値が下がったことで減損損失を計上した、一方でキャッシュフローの観点ではあまり問題はないということが書かれている。今のところは大丈夫ではあるがこの広告マーケットの行く末次第ではこの『のれん』が電通の足元をすくう可能性もあるかもしれない。
『のれん』についてはなかなか僕らのような門外漢には想像もできない。改めて会計・ファイナンスのプロの凄さを知らされた感じだ。とても勉強になった。
ここまで書いたが私自身は会計やファイナンスを正攻法で勉強した来たことがないので間違えもたくさんあると思うし、ほとんどは著者の説明を拝借した。ただしまとめることで理解がたくさん進んだのも確かでこれからも著者の言うようにいろいろな見方を進んで勉強していこうと思う。ナゾトキトレーニングという本のタイトルは面白くてよかったと思うし。私のような素人こそ決算書を読むときにナゾトキをしていた気がする。しかも解けたこともないが、悩みながら因数分解をしている感じである。たとえばプロの方は5+7=12というような見方ができるかもしれないが私の場合は12が先に決算書にあってそれを5+7などと要素に分解しようとしていくが実際は言葉の定義などが頭に入っていなくてイメージ先行でそれぞれに分解しまい、後で足して12にならずに悩んだりしてしまう。
とにかくこれからも著者にはたくさんのテーマで執筆していただきたくさんの視点を提供していただけると大変ありがたいので続編の登場を期待している。