眞鍋淑郎氏とAntony Broccoli氏の著書『Beyond Global Warming: How Numerical Models Reveal the Secrets of Climate Change(地球温暖化を超えて:どのように数値モデルが気候変動の謎を明らかにするか)』の要約文章の日本語訳を書きました。この翻訳は私が個人的にやったものです。訳の間違えなどは私の責任です。この記事はPhysics Todayの2020年9月版の本の紹介セクションの文章を日本語訳しました(真鍋氏がノーベル賞を受賞したのは2021年)。 Physics Todayは、American Institute of Physicsの会員誌です。 1948年5月に最初に発行され、月次スケジュールで発行され、アメリカ物理学会を含む10の物理学会のメンバーに提供されます。非会員は、年間の有料サブスクリプションとしても利用できます。
以下が記事です。
眞鍋淑郎氏は1958年の秋にワシントンDCに降り立った。彼は東京大学で博士号を取得したばかりで、気候モデルを研究するためにアメリカ国立気象局に招聘されていた。彼はそこで1963年まで働き、その後プリンストンに新しく設置された全米海洋大気管理局の海洋大気研究室(Geophysical Fluid Dynamics Laboratory(GFDL))に移り、そこで彼の残りのキャリアをそこで過ごしている。真鍋氏と彼の同僚らはアメリカで最初の気候モデルを作り、真鍋氏はこの国において気候モデルの発展を主導した第一人者として知られている。Antony Broccoli氏は真鍋氏と1980年代に仕事をともにして、共に気候モデルを様々な古気候学事例、例えば最終氷期最盛期などに適用した。 その後Broccoli氏はRutger大学の環境科学科の教授として赴任している。彼らの新しい著書である『Beyond Global Warming:How Numerical Models Reveal the Secrets of Climate Change(地球温暖化を超えて:どのように数値モデルが気候変動の謎を明らかにするか)』は真鍋氏がパイオニアとして残した多くの重要な研究の進展に対する賛辞として世に出たものだろう。
この本はまず最初に真鍋氏の研究以前のこの分野の歴史と基礎科学について書かれている。最初の章では温室効果と地球温暖化を紹介し、スウェーデン人のSvante Arrheniusの19世紀での草分け的な研究について言及している。 Arrhenius は大気中二酸化炭素濃度の変化が地球表面温度に与える影響を最初に推定した人物である。そこから、本書は真鍋氏の研究にフォーカスを当てていき、真鍋氏の一次元的対流平衡モデルと大気大循環モデルの初期の進展について書いてある。
第五章においては真鍋氏とBroccoli氏が二酸化炭素濃度を二倍にした大気を仮定した最初のコンピュータ上の実験を含んだ初期GFDL大気モデルを記述している。その実験はいまだに今日の気候モデルの標準モデルになっている。真鍋氏は陸地と海上の混合層を現実的な分布をモデルで使った初めてのグループであり、その初めての試みは二酸化炭素変化が表面温度の空間分布の強い影響を与えたことを示した。
中盤では気候感受性にフォーカスしている。気候感受性とは気候科学者が二酸化炭素濃度を倍に押し上げたときに地球全体で平均してどれほど表面温度の平衡点があがったかで定義している指標である。6章では気候感受性に関係するいくつかの要因についての一般的な議論をしている。真鍋氏は雲を変数化していかに雲がいかに気候感受性に大きく影響を与えているか示した最初の科学者の一人であり、それは最新の気候モデルでも正しいことがわかっている。7章では1980年代中盤の真鍋氏とBroccoli氏が示した気候感受性が3.2度だと示したとされるGFDLモデルについて説明を加えており、著者は本書において現実の地球の気候感受性の値に近いものだと推測している。
最後の3章では気候における海の役割にページを割いている。第8章では真鍋氏が行った仕事とKirk Bryan氏が1970年代にGFDLで開発した海洋大循環モデルとの結合モデルについて議論している。真鍋氏とその同僚は初期のころに北大西洋の南方への強い逆転循環が二酸化炭素の濃度が上がることにより弱まっているということを指摘している。この結論は今でもすべての気候モデルの未来予測に組み込まれている特徴の一つである。9章では最終氷期最盛期の様に、気候が極端に冷えたときの海中の深層水形成への変化を推測していて、最後の10章では地球温暖化による海の表面温度上昇が水の蒸発が加速することで大気と海の間の水の循環がどのように加速していくかを議論しており、真鍋氏とBroccoli氏は乾燥地域がより乾燥し、湿潤地域はより湿潤していくことだろうと述べている。
私は唯一この本に同意できない点がある。それは8章の議論の中心になっているところの流入量(フラックス)の調整である。このフラックスの調整は気候モデルを構成する大気と海中の間で熱と新鮮な水のフラックスを任意に変えることができることである。初期のころに近年の気候状態が今後の状態と統合されているようなモデルとして維持するためにこのような調整が必要だったことは理解できるが、いくつかの改善されたモデル、そのうちいくつかはGFDL開発されたものも含めて、20年以上もその調整を入れずに計算を走らせることができてきた。その調整の必要性はモデルの不備を示唆しており、それには低い空間分解能、重要なプロセスにおけるパラメータ化がうまく行っていないこと、もしくは必要なプロセスが抜けていることなどが考えられる。私の意見では気候モデルではこのような任意のフラックス調整を入れずに気候モデルを走らせること方が好ましいように思うが、 真鍋氏とBroccoli氏はこの調整を支持し使い続けるようだ。
私はこの本を読むことができて良かった。また今まで私が読んできた気候に関する本とは全く違う。なぜなら真鍋氏は気候モデル開発者の中でも特別な存在で、他のどの気候本も真鍋氏の様に生涯を通して研究したものが書いた本ではない。Beyond Global Warmingは気候モデルを学びたい大学院生やポスドクには必須の教科書となるだろう。また気候に関して興味を持っているまたは今後の展開を理解したいどの物理学者にもこの本は興味深い本になるだろう。卓越した真鍋氏のキャリアにふさわしい本であり、私は強く読むことをお勧めする。
Peter R. Gent, National Center for Atmopheric Research, Boulder, Cololado
Peter R. Gent, アメリカ大気研究センター (NCAR Mesa Laboratory) コロラド州ボールダー